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『約束な。クリスマスは。ゼーッタイ……』 一緒に、過ごそう。 そう約束した相手は何時間待てども、約束の場所へ現れなかった……。 End of the Year 「岳人ッッッ」 荒荒しく息を切らせて病室に駆け込むと、そこに自分が待ち合わせをしていた人は横たわっていた。 頭には包帯が巻かれていて、他にも沢山手当ての痕がある。 腕には点滴の針が刺さっていて真っ白い部屋に傷だらけのその姿はとても痛々しかった。 側にある機械から心臓は止まっていないことは判る。ただ眠っているというのに、目を閉じている姿が死んでいるようだった。 「……この子も避けたから、そのことが幸いして事故にしては軽い怪我で済んだそうなの。1週間くらいで退院も出来るでしょう、ってお医者さんも言ってくれたわ」 担当医と話したらしい彼の母親がポツポツと現状を話してくれた。 運動部だものね、この子が身軽だから助かったのね。―――落ち着かないのか、母親は岳人に巻かれた包帯の一点を見つめたままそんなことを言った。 生きてる。ちゃんと、生きてるから。大丈夫。 その事実が頭の中を巡った。 『意識が、戻らないことには……なんとも言えません』 医者が言うには、そういうことだった。 あーこういうシーンってドラマや小説で読んだことあるかも。 そういう場合はどうなるんだったっけ? 心臓はちゃんと動いてるのに。 ああ、これが“植物状態”ってヤツなんだな…とぼんやり思った。 このまま目覚めなければ――― 怖くて考えられない結末に、俺は目を閉じた。 『意識、戻ったって』 連絡を貰って、急いで病室に向かった。 手当てを受けながらも、心臓はちゃんと動いている筈なのに、中々戻らなかった。 後遺症も今のところ見られないらしい。 開口一番、なんて言おう。 待ってたんやでって、 約束したやろ、来いへんかったから心配したんやで、って、 ―――もう心配かけんなって。 ちゃんと言えるだろうか。 307号室。向日岳人様。 病室の扉を開けて、中に入ると、家族の方が見えていたので軽く頭を下げた。 何度か話した母親の方が、俺を見て声を掛けようとする。 もっと、その時のその顔をよく見て察すべきだった。 それよりも、何よりも俺の視線はベットの主へと注がれていて。 「岳…」 「オマエ、誰?」 ―――彼の中から、俺は消えてしまった。 今さっき喋ってたのは誰だろう。 俺の知ってる彼じゃなかった。 『オマエ、誰?』 綺麗に忘れられて。彼の中に自分に関することは、何も残ってなかった。 記憶喪失になっても、同じ相手を愛す、なんて絶対夢やわ。 ―――そんな、キレイゴト。 あるわけないやん。 あの瞳の中には何もなかった。 拒絶もなかったけれど、とても他人行儀なもので、はっきりと境界線を引かれたように思えた。 「ハハ…別に」 出会う前に戻るだけやし。 全然、大丈夫。 『正月はさー、やっぱ深夜に初詣行かなきゃだよな!』 深夜に?そんなん寒いやんか。 『ったく、侑士は寒がりだな。火に当たってればんなもん忘れるって!』 さよか。 『うわ、やる気ねー返事!…行くのは絶対深夜!1日なったらすぐだかんな!』 わーった、わーった…。 日常会話の中で、何度もいろいろな約束をした。 自然と埋まっていく忍足のスケジュールはほぼ大半が岳人とのものだった。 岳人が思いつきで予定を立てていく。 岳人は遊ぶことが大好きで、次から次へと様々なことをやろうとした。 『そんなんお前と一緒に居たいからに決まってるじゃん』 少し恥かしそうに顔を赤めて視線を泳がせて言ったその台詞は、忍足を悦ばせるには充分だった。 あの時の岳人の顔を思い出して、忍足は笑みを浮かべた。 …目の前にアイツが現れることはないけれども。 記憶はいつ戻るから判らない。 アイツがいつこの腕の中に戻るか判らない。 せめて思い出に浸ることくらい許して欲しい。 ああ、幸先悪いな。 ぼんやりと忍足は真っ暗な空を見つめた。 何も、考える事は無かった。 何してるんやろ……… 忍足はすっかり冷え切っている手足を少しだけ震わせながらも、真夜中に外へ出て来ていた。 目の前には近所にある神社。 お参りに来る客は多く、賽銭の前には行列が出来ている。 例年で言えば紅白歌合戦が終わってから、自分は家で「行く年来る年」の番組が中継する除夜の鐘を聞く程度しかなかった。 目の前の神社からは鐘の音が聞こえて来る。 ―――これがホンマモンの『除夜の鐘』ってやつかい。 岳人に言われなければ聞くこともなかっただろう音。 108なんて数字を数えるなど面倒くさい。だからこれが何度目の音のなのかまでは判らなかった。 ―――ボーン ―――侑士! 一定間隔で打たれていた音が止まる。 では、今のが108つめ…、ということになる。 なんか今自分を呼ぶ声が聞こえた気がするが、鐘の音が幻聴を呼んだのかもしれない。 自分にとっての煩悩とは彼以外有り得ないから。 末期だ。 思い出して貰えず、それでもまた覚えて貰えばいいか…なんて安楽に考えていた。 けれど自分は毎日病室に通うことも、彼の顔を見ることすら出来ずに居た。 もうこんなにも彼を焦がれているのに。 ―――どうしようもない、どうにも出来ない。 「岳人…」 不甲斐ない。 こんなにも彼に溺れていたなんて初めて知った。 「岳人…!」 小さく、何度も何度も名前を呼んだ。 応える声はなくとも、せめてその名前だけでも大切に呼びたくて。 「何っつってんだろー?」 幻聴? 忍足は空を仰ぎ、頭を振った。 「侑士!って。さっきから呼んでんのに」 お前イキナリ人の名前連呼しだすしさぁ。 仕方ないな、と相手は大袈裟に頭を振った。 今目の前に自分のよく見知った人物―――ここに来る筈はないひと。 幻影? ない筈の返事が聞こえたのも…幻聴? 本気と目と耳を疑った。 「え…岳人、」 「ほら、お参り行って来ようぜ」 「何で」 「だって約束しただろ?ほら、早く行かないと、余計に並ぶことになんだろ」 ぴょんと跳ねて岳人が急かすように忍足の背を押した。 躓きながらも、岳人についていく。 既に長蛇となりつつある列の最後尾に並んだ。 それは鐘の音を聞きながら感じた。 「あれ……鐘の音がする」 気付けばそう言って年越しそばを食べながら音に耳をすましていた。 いつも聞いていたような、そんな音。 「ああ、除夜の鐘ね」 『母親』だと言う女の人がそう教えてくれた。 記憶はまだ戻らない。―――だから、母親だと言われてもいまいちピンと来なかった。 「除夜の……」 ―――ボーン 『―――……っしょに…………』 頭の中で誰かの声が聞こえた。 誰の? 『―――行こうな!約束!』 約束?誰と? ―――ボーン また鐘の音が頭に響く。 何度も何度も聞いて頭を揺さぶられたような気がした。 「はつもうで…」 一緒に行こうと約束してたのは、誰? 鐘は108つ。 50を越えるほどの数の音を聞いて、岳人は家を飛び出した。 頬に当たる風が冷たい。 寒さを凌ぐように首をすぼめて耐えている。 そこまでして参拝することも……と忍足は思った。 「正月の!明けてすぐに行くからいいんじゃん!」 これが連れの主張である。 「岳、」 「ごめん」 「…なんで、あやまるん?」 「だって、約束、破っちまったし」 不可抗力でもなんでも、自分は約束を破った。 自分からした約束だったのに。 無理矢理された約束を忍足が破ったことがなかったという事実もまた岳人を悩ませた。 なんで、あんな時にあんな場所で記憶喪失に。 いっぱいいっぱい計画してたことがあった。 クリスマスも、正月も。 テニス部も既に引退して初めてたくさん時間が出来るからずーっと一緒にいようと色々考えていたのが全てダメになった。 一生のこの時は短いかもしれないけれど、もう二度と戻って来ない時間だった。 「まあ、ええやん」 「何がだよっ」 「来年、また来ような」 「え…」 「それと、残りの冬休みもな。いっそ泊まりでもえーでーv」 「バッ……何言ってんだよ、侑士のバカッ」 するりと長い腕が伸びて来て、岳人の手を取った。 こんな人通りが多いところで。 手を繋ぐなんて…恥ずかしいような気もするけれど、解く気には全く慣れなかった。 「ともかく、あれや、初詣終わったら姫はじ……げふ」 「エッチなことばっか考えてんじゃねーよっ」 ともかく。今年も沢山コイツといられますように。 |